世にも奇妙な物語デジャヴの最後のオチの意味は?ストーリー考察

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こんにちは。

ちょうど今サングラスをしてあの人になりきろうと思います。

ストーリーテラーのタモ・・・いや、やめておきましょう。

どうすか?もうすでにこの記事を読んでいるあなた。

世にも奇妙な世界へようこそ。(こんな文章を書いている自分が怖い)

冗談はさておき、世にも奇妙な物語で気ににあるストーリーがあったので考察してみようと思います。

自分だけかなと思ったら多くの人も同じ意見だったので取り上げてみました。

6月26日に放送された世にも奇妙な物語の『デジャヴ』の最後のオチの意味が少し気になったのです。

いろいろな人の意見を参考に考察してみましたので、取り上げてみました。

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それではまいりましょう。



 

世にも奇妙な物語デジャヴの最後のオチの意味は?ストーリー考察集

まずは皆さんが気になっているのが最後のオチの意味ですよね。

 


多くの人がこの最後のオチの部分の意味について「よくわからなかった」という意見が多かったです。

確かに世にも奇妙な物語では、『よく考えたら怖いよね』系もあり、直接的な『ホラー』という感じのもありますよね。

そこがあえて『奇妙』という部分に表現されているわけですが。

今回の世にも奇妙な物語の『デジャヴ』ですが、最後のオチはいろいろな考察があったので紹介していきますね。

デジャヴの最後のオチの意味

 

誕生日プレゼントの天使のオルゴールを持って「これは現実だよね」とひかりが言ったあと父親が「もちろん」と答えます。

母親も病室に来てひかりに抱きついて、家族3人が一緒になりました。

しかし、母親は、消えてしまいます。

そのあと、母親がまた病室に入ってくるというデジャヴ

 

というオチでしたね。

これに対して考察してくださっている方々を見つけたので紹介します。

ああいう直後にデジャブが来る出来事は
脳波を操作されているということです。

なので、最後も現実ではなく
脳波を操作された空想の出来事ということ。

引用元:Yahoo!知恵袋

まだ操作されているというオチですね。

これも納得できる考察だと思います!

実はまだ操られていたというのはホラーとして定番のオチですし怖いですからね。

1回目にお母さんが訪れる場面は数秒先の予知夢が幻覚として見えていて、2回目のお母さんが訪れる場面はリアルな現実として見えていると思います。このドラマ内でのデジャヴの定義が一般的なものとはズレていると思われます

引用元:Yahoo!知恵袋

デジャヴの解釈を利用したオチですね。

これもかなりアリかなと思いました!

最後もデジャヴで終わるというある意味では綺麗なオチの演出に持って行った感じですかね。



私の考察

病院のベットで表現したかったのは、主人公のひかりがまだ完全にデジャヴとは切り離されていない状態であるという表現なのかなと思います。

なので、まだ病院にいる=意識がはっきりしていない状態

というようにもとられることができました。

そこに来ての母親という大切な存在のデジャヴ。

最後に誕生日ケーキという幸せを象徴するアイテムも出てきていますよね。

つまり、

実はのちに病院のベットから意識を取り戻し現実としてハッピーエンドを迎えてはいるんだけど、ひかりが望んだいた『もうデジャヴは見たくない』という願いは叶わなかったという、幸せの中にある絶望を描きたかったのではないかなと思いました。

まあ、多少無理のある考察かもしれませんが一つの意見としてとらえて頂ければと思います。

他の人の考察を見てると、『なるほど』と思うものもたくさんあるのでぜひ見てみてください。

それでは、最後までお読みくださりありがとうございました。



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